nekonoongaeshi’s diary

鉄印の旅と植物と保護猫と。田舎暮らしの日々を綴っています

文学賞の変革!AIが生成した文章で芥川賞

1月17日、きのう第170回芥川賞直木賞が発表になりました。

ここからはド素人のひとりごとです。

芥川賞は、私は文学賞の中でももっと違うポジションにある特別なものだと思っておりました。

ですが今回、AI を駆使して、そのAI が生成した文章の中で自分(作者自身)が満足できたものをそのまま小説に組み込んで、チョイスしたもので書き上げた作品「東京都同情塔」が、芥川賞を受賞したというのです。

 

記者会見のインタビューでは「AIに作成させ、納得できない文章については自分で書いた。今回の小説に関しては、だいぶAI、つまりチャットGPTのような生成AIを駆使して書いた小説でして、おそらく全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っているところがある」とおっしゃっていました。

吉田修一選考委員の講評では「完成度が非常に高い」とベタ褒め。

あくまでも個人的な感想ですけど、これにはがっかりしました。

AI が作成した時点で、その文章はその人個人の発想・創作ではなくなると思うのです。

もちろん作成されたどの文章をチョイスするかはその人の感性で選ばれるものではあるけれど。

なんだかもう本屋さんへ行って「芥川賞受賞作品」の帯の付いた単行本を買おうとは思えなくなった、読もうとも思わない……個人の感想であって他意はありません。

この小説の創作者が九段氏であることは疑いないでしょうが、世界的に議論の進む「made with AI」のクレジットをおこなうことが、法的あるいはガバナンス上、求められるべきか?ディープフェイクの場合に求められることは異論が少ないでしょうが、創作の場合はどうか?現在そんな議論も、内閣府知財本部の検討会議ではおこなわれています。

日本経済新聞デジタルで掲載された弁護士・福井健策さんの考察より)

今回も直木賞にノミネートされながら受賞を逃した加藤シゲアキさん。あなたはどうですか?前回ノミネートの「ピンクとグレー」は、なかなか面白い作品でしたよ。

 

つい先日、X-JapanYOSHIKI が、AIで作成された楽曲に規制を設ける必要があると警鐘をならしていた記事を読みましたけど、ホント。

人工知能が作った作詞作曲は、もはやその人個人の作品とは言えないはずです。

 

年末にnhkのドキュメンタリーフロンティア「AI 究極の知能への挑戦」を見ました。

いつか、そう遠くない近未来は衰退した人間に代わってAmecaのようなヒューマノイドロボットの世の中になっているのかもしれません。

 

 

※本日の画像は読者相互リンクをしてくださっているダンデさんのフラクタルアートの1枚です。ありがとうございました。

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